「ワニス(Varnish)」という言葉は、一般的には木工や美術分野で耳にすることが多いかもしれません。しかし、製造業、とくに電機・電子機器やモーター部品、重電産業の分野においてもワニスは非常に重要な役割を果たしています。
本記事では、製造現場で使用される工業用ワニスの定義から種類別の性能比較、用途別の活用事例、塗布方法、硬化条件、規格対応、安全性など徹底的に解説します。
ワニスとは?製造業での定義と基本機能
ワニス(Varnish)とは、合成樹脂または天然樹脂を有機溶剤や水に溶かし、薄膜として塗布・硬化させるコーティング材料の一種です。製造業では主に以下の機能目的で使用されます。
- 絶縁性: 電流の漏れを防ぎ、ショートや感電を防止
- 防湿性: 湿気や水分の浸入を防ぐ
- 保護膜: 摩耗、腐食、酸・アルカリ・紫外線などからの保護
特に電気モーター、変圧器、PCB(プリント基板)といった電機部品では、ワニスの塗布による絶縁・保護処理は品質・安全性の根幹を担っています。
ワニスの主な種類と化学的分類
工業用ワニスには多様な種類があり、用途・硬化方式・樹脂系統によって分類されます。
1. 用途別分類
用途 | 特徴 | 主な使用例 |
---|---|---|
絶縁用ワニス | 誘電率が高く、絶縁耐力に優れる | モーター巻線、トランスコイル |
防湿用ワニス | 水分・湿度を遮断する性能 | 屋外設備、プリント基板 |
保護用ワニス | 摩耗・薬品・紫外線から保護 | 計器盤、センサー外装 |
2. 樹脂系統別分類
- フェノール樹脂系: 熱硬化性が高く、耐熱性・耐薬品性に優れる
- ポリエステル系: 柔軟性が高く、巻線コイルなどの振動対応に有効
- エポキシ系: 機械的強度に優れ、PCBやハイパワー機器に使用
- アルキド樹脂系: 塗装用途でも広く使われ、作業性良好
選定時には、熱的要求(例:UL温度等級)、硬化条件、塗膜厚、絶縁破壊電圧などの仕様が重視されます。
ワニスの主な用途と産業分類
製造業において、ワニスは下記のような用途で使用されます。
1. モーター・トランス巻線の絶縁
- 含浸方式で巻線内へ浸透させ、気泡を排除し絶縁強度を確保
- 使用例:EV用モーター、工業用誘導電動機、昇圧トランス
- 絶縁破壊電圧:通常20〜50kV/mm以上
2. プリント基板のコーティング
- 表面実装基板(SMT)への湿気対策や塵埃対策
- スプレー塗布またはディッピングにより実施
- 用途例:医療機器、車載ECU、防水通信機
3. 金属部品・筐体の保護
- 耐候性を持たせる外装用途、化学薬品からの保護
- 表面光沢・摩耗耐性を強化する目的
特にEV・ロボット・FA(工場自動化)分野では、信頼性向上・小型化・耐環境性向上に伴い、ワニスの高度化が進んでいます。
ワニスの塗布方法と工程別特徴
ワニスは使用目的やワークの形状に応じて、以下のような方法で塗布されます。
1. ディッピング(含浸)方式
- 部品全体を液体ワニス槽に浸漬する方式
- 巻線コイルなど、内部までワニスを浸透させるのに適している
- 気泡除去→含浸→余分なワニスの滴下→硬化というプロセス
2. スプレー塗布
- 基板など平面形状に対して表面に均一にワニスを塗布
- 塗布ムラが少なく、機械化にも対応しやすい
- 自動化:コンフォーマルコーティング装置での量産ライン対応が可能
3. ブラッシング/滴下方式
- 特定部分への手動塗布に適しており、補修・個別処理向け
- 設備不要・柔軟性高いが、品質の安定性はオペレータ依存
4. 真空含浸
- 真空状態で気泡を抜きながら巻線などにワニスを深部まで浸透させる
- 信頼性重視の航空機・医療機器用モーターで採用される
塗布後の乾燥・硬化工程に入る前には、余剰ワニスの除去、再滴下、表面処理などが行われます。
ワニスの硬化条件と方式の違い
ワニスは塗布後に「硬化工程(Curing)」を経て、耐熱性・絶縁性・機械的強度を持つコーティング膜を形成します。
硬化方式 | 代表例 | 特徴 |
---|---|---|
加熱硬化型 | フェノール系、エポキシ系 | 90~150℃で焼付け/オーブン使用。産業用で主流。 |
自然乾燥型 | アルキド系、ウレタン系 | 常温で硬化。作業が容易で小ロット向け。 |
UV硬化型 | アクリレート系 | 紫外線で即時硬化。高速ラインや自動化と相性良し。 |
加熱条件例(フェノール系含浸ワニス)
- 加熱:130℃、時間:2時間
- 推奨膜厚:20〜40μm
- 絶縁耐力:40kV/mm以上(乾燥後)
なお、加熱炉内での硬化時はVOC(揮発性有機化合物)対策も必要となるため、排気設備や作業環境の整備が求められます。
安全性・作業環境での注意点
ワニスは多くの場合、有機溶剤や硬化反応を伴うため、労働安全衛生法や消防法の規制対象となります。
1. 引火性・毒性
- 主溶剤としてトルエン・キシレン・MEKなどが含まれるケースあり
- 可燃性:引火点20〜40℃前後 → 第2石油類、第3石油類に分類
- 吸入・皮膚接触による健康リスク → 作業環境測定と換気が必須
2. 法令関連
- 労働安全衛生法: 有機溶剤中毒予防規則(有機溶剤作業主任者の選任)
- 消防法: 危険物取扱所の規模・保管量に応じて届出が必要
- PRTR法: 化学物質管理台帳、年間取扱量の報告義務(法人規模により)
3. 作業現場での対応例
- 換気ブースや局所排気装置の設置
- 有機溶剤対応マスク(防毒マスク)の着用
- 保護手袋・ゴーグルなどのPPE(個人防護具)
近年では、こうしたリスクへの対応として「水系ワニス」や「低VOCタイプ」への切り替えが進んでおり、環境・安全対応製品の需要が高まっています。
ワニスに関する国内外の製品規格
工業用ワニスは電気絶縁・安全・品質の観点から、各種規格への準拠が求められます。
1. 日本国内規格(JIS)
- JIS C 2107: 絶縁ワニスの分類と性能基準
- JIS K 5400: 工業用塗料一般試験法(塗膜厚・耐薬品性・耐熱性)
- JIS K 6892: 耐熱エナメル・コーティング材の規格
2. 国際規格・評価基準
- IEC 60085: 絶縁システムと熱クラス(例:F種155℃、H種180℃)
- UL 1446: 絶縁システム認定に必要な材料認定基準(米国)
- RoHS・REACH: 有害物質使用制限・輸出対応要件
これら規格への適合は、特に輸出向けの電気機器製造や自動車電子部品で不可欠となっています。
産業別:ワニス導入の具体事例と処理条件
業種 | 使用箇所 | ワニスの種類 | 硬化条件 |
---|---|---|---|
自動車 | モーター巻線、ECU基板 | ポリエステル系、アクリレート系 | 130℃ 2時間、UV照射20秒 |
重電(発電機・トランス) | 大型コイル、絶縁紙 | フェノール系、エポキシ系 | 150℃ 4時間 |
医療機器 | センサーユニット、基板 | エポキシ系(低VOC) | 80℃ 3時間 |
産業用ロボット | エンコーダー、ハーネス端子 | UV硬化型アクリレート系 | UV照射10秒 × 2回 |
ワニスの選定と処理条件は、使用温度範囲・振動負荷・環境耐性(湿度・薬品)を加味して決定されます。
ワニス導入による定量的な効果例
以下は、某自動車部品メーカー(従業員150名)がワニス処理を強化したことで得られた効果の一例です。
改善項目 | 導入前 | 導入後 | 改善率 |
---|---|---|---|
コイル絶縁破壊不良率 | 2.5% | 0.3% | ▲88% |
リワーク作業時間(1日あたり) | 4.2時間 | 0.8時間 | ▲81% |
出荷前トラブル件数(月平均) | 12件 | 2件 | ▲83% |
特に、真空含浸+フェノール系絶縁ワニスを導入することで、従来の気泡混入や浸透不良による不良率が大きく改善されました。
これにより、年間品質コスト(不良対応費+信用損失)は約400万円削減され、ROI(投資対効果)も2年以内で回収されています。
よくある質問(FAQ)
Q1. ワニスとエナメル塗料は同じものですか?
いいえ、異なります。ワニスは主に絶縁・防湿・保護を目的とした透明または半透明のコーティング材で、電機分野に特化して使われます。一方、エナメル塗料は装飾や耐候性目的の着色塗料であり、機能性より外観重視の傾向があります。
Q2. 水系ワニスとは何ですか?
従来の有機溶剤系ワニスに代わり、水を溶媒とした環境対応型製品です。揮発性有機化合物(VOC)を大幅に削減でき、安全性が高く、PRTR対応や消防法の規制緩和にもつながります。ただし、硬化条件や絶縁耐力においては溶剤系に劣るケースもあるため、用途に応じた選定が必要です。
Q3. ワニス処理後に推奨される検査方法は?
- 絶縁耐力試験(耐電圧試験):所定の電圧を印加してリーク電流を測定
- 膜厚測定:マイクロメータ、非接触膜厚計を使用
- 外観検査:気泡、塗布ムラ、はがれの有無
- 密着性試験(クロスカットテスト):塗膜の剥離を評価
Q4. ワニスの保存期間はどのくらい?
未開封で保管条件(温度5~25℃、直射日光・湿気を避ける)を満たす場合、6ヶ月〜12ヶ月が一般的です。開封後は早期使用が望ましく、沈殿や粘度変化に注意が必要です。
ワニス選定時のチェックポイントまとめ
選定項目 | 判断基準 |
---|---|
使用温度範囲 | 耐熱等級(例:H種180℃以上)に適合しているか |
絶縁破壊強度 | 20kV/mm以上が一般的な目安 |
塗布方法との相性 | スプレー/含浸/滴下など設備と適合しているか |
硬化時間・方式 | 加熱/UV/自然乾燥の可否と所要時間 |
安全性・VOC | PRTR・RoHS・消防法などへの適合 |
上記の要素をすべて加味し、作業性・コスト・性能・規制対応のバランスを取ることがワニス選定成功の鍵です。
まとめ:製造現場におけるワニスの価値
ワニスは、単なるコーティング材ではなく、製品の安全性・信頼性・耐久性を裏で支える“機能性材料”です。とくに次のような点で、製造業の品質向上に直結しています:
- 高電圧機器の絶縁保護
- 湿度・薬品・摩耗からの耐久性確保
- 小型軽量化にともなう部品密度への対応
- 自動化・高速生産に耐える速硬化性能
また、環境規制の強化や製品のグローバル展開により、RoHS・REACH・UL適合などの観点でも、ワニスの性能・安全性・環境性はより厳しく問われています。
だからこそ、用途と工程に最適化されたワニスを正しく選び、正しく扱うことが、現代製造業における競争力の一端を担うのです。
この記事が、ワニスの基礎理解と選定・活用の指針となれば幸いです。