赤外分光法とは(概要と分析技術としての位置づけ)
赤外分光法(Infrared Spectroscopy、IR分析)は、物質に赤外線を照射し、その吸収特性を測定することで分子構造・化学結合・官能基の種類や状態を解析する非破壊分析手法です。赤外線の吸収は分子固有の振動運動に対応しており、そのパターンを解析することで物質の同定や組成評価が可能になります。
赤外分光法は、有機化合物、高分子材料、医薬品、食品、石油製品、塗料、ゴム、樹脂、繊維など幅広い材料分析に利用されており、研究開発から製造現場の品質管理まで、極めて汎用性の高い分析技術として位置づけられています。
赤外分光法の基本原理
赤外分光法では、物質に赤外線を照射すると、分子内の結合が赤外線のエネルギーを吸収し、分子振動が励起されます。この分子振動には以下のような種類があります。
- 伸縮振動(結合が伸び縮みする振動)
- 変角振動(結合角が変化する振動)
- ねじれ振動や面外振動
それぞれの振動は特定の波数(cm-1)に対応しており、化学結合の種類や周囲の化学環境によって吸収位置や強度が変化します。このため、赤外スペクトルは物質固有の「指紋情報」として利用されます。
赤外領域とスペクトルの特徴
赤外分光法で主に用いられる波数領域は4000~400 cm-1で、以下のように分類されます。
- 高波数領域(4000~2500 cm-1):O-H、N-H、C-H伸縮振動
- 中波数領域(2500~1500 cm-1):C=O、C=C、C≡Nなどの特徴的吸収
- 指紋領域(1500~400 cm-1):分子骨格に由来する複雑な吸収
特に指紋領域は物質ごとに大きく異なるため、ライブラリとの照合による物質同定に重要な役割を果たします。
赤外分光法の測定方式
分散型赤外分光法
プリズムや回折格子を用いて赤外線を波長ごとに分散させ、順次測定する方式です。現在ではFTIRの普及により使用頻度は減少しています。
フーリエ変換赤外分光法(FTIR)
現在主流となっている方式で、干渉計を用いて一括測定した信号をフーリエ変換することでスペクトルを得ます。
- 高感度・高分解能
- 短時間測定が可能
- 微量試料・微小領域分析に対応
赤外分光法の測定手順
一般的な赤外分光測定は、以下の流れで行われます。
- 試料前処理(固体・液体・気体に応じた準備)
- 測定方式の選択(透過法、ATR法、反射法など)
- 赤外線照射と吸収スペクトルの取得
- ベースライン補正・ノイズ処理
- ピーク解析および物質同定
試料形態別の測定方法
固体試料
- KBr錠剤法
- ATR(全反射)法
- 反射法
特にATR法は前処理が簡便で、製造現場でも広く利用されています。
液体試料
- 液体セルを用いた透過測定
- ATR法による直接測定
気体試料
- ガスセルを用いた吸収測定
- 環境ガス分析への応用
赤外分光法の主な応用分野
有機化合物・高分子材料分析
官能基の同定、重合状態の確認、劣化・酸化の評価などに用いられます。
製造業における品質管理
原材料の受入検査、異物混入調査、工程異常の原因分析などに活用されます。
食品・医薬品分野
成分確認、異物検査、原料同定、偽装防止などに利用されています。
環境分析
大気汚染物質、水質中有機物、マイクロプラスチック分析などで重要な役割を果たします。
赤外分光法のメリット
- 非破壊で分析可能
- 前処理が簡便
- 測定時間が短い
- 幅広い物質に適用可能
- ライブラリ検索による迅速な同定
赤外分光法の課題と注意点
- 無機物や対称性の高い分子は検出が難しい
- 水分の影響を受けやすい
- 定量精度は条件依存
これらの課題を補うため、ラマン分光法や質量分析法との併用が行われるケースも多くあります。
他分析手法との比較
| 分析法 | 主な情報 | 特徴 |
|---|---|---|
| 赤外分光法 | 官能基・化学結合 | 非破壊・迅速 |
| ラマン分光法 | 分子骨格情報 | 水の影響が少ない |
| NMR | 詳細構造 | 高精度だが高コスト |
近年の技術動向
- 顕微FTIRによる微小領域分析
- マッピング測定による分布解析
- AIによるスペクトル自動判定
- インライン・オンライン分析への応用
よくある質問(FAQ)
- 赤外分光法で定量分析は可能ですか?
- 条件設定と検量線作成により定量分析も可能です。
- 水分を含む試料でも測定できますか?
- 可能ですが、水の吸収ピークに注意が必要です。
- 現場での測定は可能ですか?
- ポータブルFTIR装置により可能です。
まとめ:赤外分光法は材料分析の基盤技術
赤外分光法は、分子構造と化学結合を迅速かつ非破壊で解析できる、極めて汎用性の高い分析技術です。研究開発から製造現場、環境・品質管理まで幅広く活用されており、今後もAIや自動化技術との融合により、さらに重要性を増していくと考えられます。

